伊坂幸太郎さんの小説「グラスホッパー」。
鈴木、蝉、鯨の3人の登場人物の視点で描かれる、ある事件をめぐるお話です。
タイトルの「グラスホッパー」とは英語で「バッタ」のことです。
作中で「バッタと人間は似ている」という話が出てきますが、このバッタにまつわる話が本作の大きなメッセージの一つであり、だからこそ本作のタイトルになっているわけですね。
この記事では、このバッタの話に注目して、考察を交えた感想を書きたいと思います。
作品を読み終わっていることを前提に書いていきますので、ネタバレ満載です。
未読の方は、是非ご一読を。
読んだ後にまたこの記事に戻ってきてくれると嬉しいです。
「群衆相」とはなにか
押し屋の家で、彼はおもむろにバッタの話をします。
その内容をまとめるとこんな感じ。
- 密集して育ったトノサマバッタは「群衆相」と呼ばれるタイプになる。
- 「群衆相」は色が黒く、羽が大きく、そして狂暴である。
- 人間もこれと同じで、群衆の中で長く過ごしていると「群衆相」が生まれる。
この「群衆相」の話は、作者からのメッセージが強く出ている話だと思うのですが、
そもそも「群衆相」ってなんなのかな、というところから整理したいと思います。
トノサマバッタは基本的に群れを作らず、単独で行動する昆虫です。
それぞれが個々に行動するため、例えば今いる場所の餌がなくなると、新たな餌場を求めてそれぞれが別々の場所に移動していきます。
ですが、雨が続くなどして餌がしばらくなくならない状態が続くと、数世代にわたって同じ餌場に居続けることになります。
そうすると、幼いころから他のトノサマバッタと密集して成長し「群衆相」と呼ばれるタイプになります。
バッタは本来無害な昆虫です。
ただし「群衆相」は人間の生活に悪影響を及ぼすため、害虫とされています。
バッタやイナゴの大群による作物への被害は、見たことはなかったとしても知識としては知っている方も多いのではないでしょうか。
餌を求めて群れで行動し、作物を食い散らかして去っていきます。共食いもします。
まさに生き残るためのたくましい変容ですよね。
(ちなみに、作中で槿は「群衆相」と呼んでいましたが、「移住相」「群生相」などとも呼ばれるようです。調べた印象だと、一番多かったのは「群生相」という呼び方でした。)
バッタと人間の類似点
家庭教師を装って家を訪れた鈴木に対して、槿はこういいます。
「群衆相は大移動をして、あちこちのものを食い散らかす。仲間の死骸だって食う。同じトノサマバッタでも緑のやつとは大違いだ。人間もそうだ」
「人もごちゃごちゃしたところで、暮らしていたら、おかしくなる」
この思想のもと、槿は押し屋として「群衆相」となった人間を死に追いやっていたわけです。
この「集団でいるとおかしくなる」という話を読んで、「集団心理」というキーワードが頭に浮かびました。
人は一人では冷静に判断できるのに、集団になると正常な判断が出来なくなることがあります。
また自分が変わったわけでもないのに、集団でいるとなぜだか強くなったような気分になります。
こういった感覚は実体験としてわかる、という方も多いのではないでしょうか。
槿の話はこれに似ているな、と感じました。
また彼はこうも言います。
「バッタは翅が伸びて、遠くへ逃げられるが、人間はできない。ただ、狂暴になるだけだ」
実際にはバッタは飛ぶことで逃げているわけではないのですが、これは人間に対する諦めのように聞こえます。
「群衆相」になってしまった人間は、その状態から自力で正常に戻ることはできない。
バッタのように元居た場所から離れることもできず、人の道に外れたことを繰り返し続ける。
そんなメッセージだと感じました。
「群衆相」の話から伝えたかったこととは
バッタが「群衆相」になることで、狂暴化し、周囲に害をなすようになるように、人も集団の中にいると同様に害をなす存在となってしまう、というのは想像に難くないです。
槿はそれを殺すことで解決していました。
それが正しいやり方でないことを、我々は倫理的に理解できます。
しかし、かといってそれに代わる解決方法が提示できるわけでもありません。
じゃあどうすればよいのか。
人の理から外れた行いをする者に対して、我々はどういうアクションをとるべきなのか。
どのようなアプローチをするべきなのか。
少し考えたところですぐに何かを思いつくわけではないし、答えがあるわけでもない。
これは、いろいろなことを経験しながら、時間をかけて考えるべきことです。
この問題提起こそが、この作品に込められたメッセージなのではないでしょうか。
我々の目の前には、実はたくさんの問題があります。
環境であったり、人間関係であったり。小さなことから大きなことまで。
作品に触れることが、問題を考えるきっかけになることは少なくありません。
創作物というのはただのエンタメではなく、自身の生き方に還元されていくものですね。
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